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As It Is


この映画の前作「エレファント」もそうだったけれど、
銃乱射事件やアーティストの自殺とか
ものすごくドラマティックなものを題材にしていながら、
ガス・ヴァン・サントの視点はものすごく淡々としている。

ふつうであれば、こういったものがいかに劇的であり、
そして彼らがどれだけ特別な人たちであるかということに説明が費やされ、
観客はすべてを納得して終わる。
でもこれらの映画はそんなことはなくて、
彼らが何を考えているのかということもわからないし、
ただ淡々と劇的であるはずの出来事が進んでいくから、
結局のところなにもわかった気にはなれない。

けれど、こういったところがすごく大切で、
というのも大体の場合話が単純化されてわかりやすくなって、
それでなんとなく腑に落ちてあんまりあとに残らなかったりする。
でも、複雑なものを単純化して図式にすることは
確かにいろんな人にすぐ伝えやすくてもその過程で重要なものを切り捨て、
あとにはなにも残さない。
たとえこのような事件を論理的に説明できたとしても、
同じような状況に似たような人間が置かれていたけれど
事件が起きなかったその違いについてまでは言及できないわけで、
そうゆういわく言いがたい部分に焦点を当てることが芸術への第一歩なんじゃないかと思う。

自分がカート・コバーンを知ったときには彼はすでに伝説の人で、
もうそうゆう風にしか捉えることができなかったけど、
多くの音楽ジャーナリズムがそうであるように彼を神格化するような姿勢が
やっぱり彼を追い詰めた部分もあると思うし、
個人的には佐藤伸治に対してはそうゆう感情が芽生えてしまう部分もあるのだけれど、
それでもなんとかそうならずにいたいと思う。
ただしキム・ゴードンが訪ねてくるシーンにはグッときてしまったが。

2 comments:

  1. 今は無き、という意味では、
    一時期尾崎豊にどっぷりとはまっていました。
    世代的にはずれているので、尾崎豊がどういう人か全く知らずに父親のデッキの中にあったのを聴いたのですが、

    中学生心をつかまれた。
    とともに、この人は今の自分位の時のことが懐かしいんだろうなぁと
    漠然と考えて音楽のレポートを尾崎豊をテーマに書いたことを覚えています。

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  2. おお、渋い 笑
    おれはあんまりまともに聴いたことないなあ。。。

    まあやっぱりそうゆうアーティストに対してはいろいろと妄想をふくらませてしまうよね。

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